博多祇園山笠(16/7/10:中洲川端から) ― 2016年07月17日 23時12分
もう福岡に行ってから1周間が経ってしまったんですね…。
というわけで、まだまだ引っ張ります福岡。何せ今回、飛行機を撮り、結婚式に山笠、そして廃物件に現役物件まで撮るという欲張りな撮影を敢行できたわけで。
今回は博多祇園山笠を。
行くまで全然知らなかったのですが、有名な山笠というお祭りの期間中でして、ホテルの目の前もちょうど山車の通るルート、通りには提灯がぶら下がり、お祭りムードでした。
ホテルの客も、山笠に参加する方が多く宿泊していたようです。
早めに宿とっておいてよかったな。
当日参加した結婚式は二次会がなかったため、時間が出来たので、街に繰り出してきました。
間近で見ると、ものすごい迫力です。山車を支えているある男のおでこは、大きなコブができていました。
短い時間でしたが、山笠を十分堪能できました。
祭りは半月続くようです。すごいですね。
また機会があれば、見に行きたいですね。九州には知り合いもいないので、なかなか行く機会もないのが残念。
【福岡の廃墟】上新川端ビル ― 2016年07月19日 23時56分
福岡ネタでまだまだ引っ張りますよ。
10日は山笠を見た後、少し街をぶらついていました。すると、川の対岸になんとも香ばしいビルがあるではないですか。
上端がラウンドした特徴的な窓、大きな落書き、そして2階には「入所随時受付」「見学自由」「一時預かり」などの看板も見えます。
このただならぬ雰囲気、しかも大きなビルの廃墟は久しぶりに見ました。
ここで一気に廃墟熱に火がついたので、早速捜索です。と言っても、もう私も家庭持ち、無茶はしません。
このビル、実は反対側はアーケード街となっていて、アーケード街を歩く限り、そこにこのようなビルがあるということは分かりません。
ではアーケード街はどうなっているのでしょうか?
アーケード街側から行くと、ちょうどこのビルの場所の端にあるのが「ベビーセンター福岡」。どうやら保育園だったようです。
「上新川端ビル」の表示もあり、あのビルの廃墟がここであることがわかります。
保育園だったようです…としたのは、どう見ても現在現役ではなさそうだから。看板も色あせて古めかしいです。
アーケード街特有の電光看板は光っていますが、これはここだけ電器を消していないだけでしょうね。
なるほど、川の対岸から見た時の「一時預かり」とは、保育園のことでしたね。
よく見ると貼り紙があり、
『 丸源ビル入居者各位 ○○警備保障株式会社
平成27年1月31日をもって 丸源株式会社との全ての 契約を解除いたしました。
今後、丸源ビルの一切の対応をいたしません。 以上 』
と、ただならぬご様子。
つまり、このビル自体は、1年半前までは警備会社との契約があり、機能していたことになります。
とは言え、あの落書きの様子や荒れた感じから、ベビーセンター自体はもっと前から営業していない状態だったと推測されます。
ところで、ビルには「上新川端ビル」と記載されているのに、貼り紙には「丸源ビル」「丸源株式会社」と書かれており、ビルのオーナー自体は丸源ビルまたは丸源株式会社、ということなんでしょう。
…
ここで、やまろ、引っかかるものがありました。
「丸源ビル」ってなんか聞いたことがあるような…。
この時は思い出せませんでしたが、あとでホテルに戻って検索して、納得しました。丸源ビル、九州発祥の有名なビルオーナーの所有するビルなんです。そしてそのオーナーが何年か前に巨額の脱税で逮捕されたことも。
オーナー逮捕後、所有する古いビルは入居者が自主的に出て行ってくれるよう、建物管理を行わない方針にした…らしいので、もしかすると、このビルもその影響で警備会社への料金をわざと未払いにした可能性も…あくまで想像です。ですが、あの貼り紙を見ると、なんとなくそんな気がしますね。
この丸源ビルの件は、また後日ブログネタにするとして、とりあえずまたアーケード街から川岸側へ移動して、もう少しビルを近くで見ることに。
ここは普通に歩道があり、誰でも通れます。なので、廃墟はDQNの格好の餌食なわけです。落書きがひどいですね。
特徴的な縦長の窓の形が、個性的でもあり、なおかつ昭和の古臭さも感じます。最近は廃墟趣味が建築そのものにも向いてきてるような気がします。
今はこんなに荒れていますが、かつてここが以前は保育所だったとは…。
ちなみに現役時代は24時間保育をやっていたようで、この場所のすぐ近くがキャバクラやホストクラブなど多数存在する場所故に、そういったところで働く方の需要があったのでしょう。
2階へ上る階段は錆び付いていて、底が抜けそうでした。
落書きされた窓ガラスの向こうは、荷物が積み上がっているようで、中の様子は伺えません。
手前のエアコン室外機の幾つかは稼働していました。
これは、このビルの1階部分、ベビーセンターの左隣は現役の店舗がいくつか入っているため、その店舗のエアコンと思われます。
ビル自体は窓を見る限り7階建てのようですが、ベビーセンターは2階だけと思われ、それより上に何が入っていたかは、窺い知ることは出来ませんでした。
ただ、この丸源ビルがあの丸源ビルだとすると、昔は飲食店が入っていたのでしょうか?
配電盤は電線がカットされていますが、プロパンガスは現役のようです。ガスメーターも動いていましたし、有効期限もまだ先でした。
夜になり、再びアーケード街に出向きました。
シャッターを下ろしていますが、これらの店舗は現役。奥に「ベビーセンター福岡」の看板が見えます。
つまり、写真手前の店舗も「上新川端ビル」の一部を利用しています。
実際に、2階部分はビルの外壁っぽい物が見えます。
先程も気になったので、「上新川端ビル」と書かれた先を今一度撮影。
なぜか博多警察署と書かれた車止めが放置されています。
その奥にはベニヤ板で覆われており、現役時代はここが「ベビーセンター福岡」の入り口だったのでしょう。
写真の角度ではわかりづらいですが、左側の壁には、アニメのキャラクターらしきものが貼られていました。
これ以上の捜索は不可能のため、夜になった「上新川端ビル」をまた川の対岸から拝むことに。
もちろん、窓に明かりが灯ることはありませんでした。
この物件は、検索しても詳しい情報は得られませんでした。
もし現役時代をご存じの方がいらっしゃいましたら、コメントいただければと思います。
上空から眺める「春日基地」 ― 2016年07月20日 23時58分
福岡空港は、航空自衛隊の春日基地が併設されている、とは言え、春日基地って全然知らなかったわけで、どんな基地かというと、T-4練習機とCH-47Jヘリしかない小さな基地のようです。
ちょうど福岡空港から羽田へのフライトで時間があったので、展望室から写真撮っていましたが、さてそろそろゲートくぐるかと、ゲートくぐってすぐにC-1輸送機が降りてきて、撮りそこねちゃいました。
なので離陸するスカイマーク機から春日基地がちょうど見えるタイミングを撮影。
こうしてみると、航空自衛隊基地とは思えないくらい小さな基地ですね。
福岡の光と影「丸源ビル」 ― 2016年07月21日 23時53分
先日のブログで触れた「丸源ビル」
たまたま見つけた廃墟ビル「上新川端ビル」の所有者が「丸源ビル」であることがわかった。
さて「丸源ビル」とはなにか? 自分も、名前を聞いたことがある程度の知識だったので、ちょっと調べてみました。
この丸源ビルのオーナーは「川本 源司郎」という、日本屈指の資産家であり、飲食ビル「丸源ビル」は高度経済成長期に発展し、最盛期で北九州市、福岡市、東京は銀座や赤坂、六本木になど60棟以上も所有していたそうです。
徹底した現金主義で、銀行も信用せずに、自らの手でお金の管理を指定たため、バブル崩壊後もなんとか乗り切ったとのこと。
しかしながら、ビル自体はバブル期までに建造されたものが多く、60棟以上所有していたビルの過半数は売却、現在所有するビルも、今では築年数が古くなっており、飲食業(いわゆるお水系のお店)の不景気もあって、近年ではテナント数も少なくなり、ビルによっては9割以上空室となっているようです。
さらに、最近はビルの管理をしておらず、廃墟同然になっているビルも多いようです。調べたところ、テナントの立ち退きは基本難しいため、入居者が出て行ってくれるよう、わざとそうしているとの噂も。
「上新川端ビル」が平成27年1月を持って警備会社から契約を解かれたのも、こうした事情が背景にあるのかもしれません。
川本氏自身も、2013年に巨額の所得隠しと脱税で逮捕されており、高齢で跡継ぎもないことから、近年は飲食ビルについては借り手の募集もせず、貸しビル業にへの興味が薄れているとの指摘もあり、自身が死んだら資産は国に接収されて終わり、それでいいと周囲に漏らしたともされており、今後の動向が注目されます。
ビルは一般的な建物と違い、メンテナンスを怠れば大事故にもつながりかねないだけに、今後川本氏が丸源ビルをどうするのか、ただ朽ちるに任せて、自分の死まで放置するのか?
丸源ビルが消防法違反で摘発されているニュースもあるなど、老朽化の放置プレーは深刻になりつつあります。
ただ、銀座の飲食ビルではない丸源ビルについては、退廃的ムードはなく今でもテナントがきちんと入っていて、現在の川本氏の収入は、ほとんどこの銀座で得られているのでしょう。
話を戻すと、「上新川端ビル」からほど近いところに、「丸源36ビル」が存在します。丸源○○ビルのところの数字が、建てた順番を示していて、このビルで既に36棟目というのがすごい。
看板は光っていて、ビルとしてはまだ現役で機能しています。
エントランスには、いかにもバブル期に建てました、的な趣味の悪いビーナス像?がいて、照明も老朽化していますが、シャンデリアがついています。
看板を見ると、今でもそこそこテナントは入っているようです。
ただ、この「丸源36ビル」、実は既に川本氏がオーナーではなく、10年以上前に埼玉県の会社に売却されているそうです。
白とあずき色で、あずき色の上端がすぼんでいるデザインは、往年の丸源ビルらしい作りです。
福岡市で最も規模が大きいとされる丸源36ビル、さすがに中に入る勇気はありませんでした。
まあ普通にスナックとかが入ってるんでしょうけどね。
酒蔵浜田「大吟醸新酒」 ― 2016年07月22日 21時33分
酒蔵浜田の夏酒3本組なるものを通販で購入。
ちょうど割引チケットがあったので、まあまあお安く買えました。
この酒造は「沖正宗」ブランドを持っていますが、今回買ったお酒にはそういった名前はなく、ただ単に「大吟醸新酒」と。
このお酒、大吟醸ではあるものの、純米と書かれていない、つまり醸造アルコールが入ったお酒です。
醸造アルコール入りのお酒は久々に飲んだ気がしますが、醸造アルコール自体は、味を整える役割もあり、大吟醸と相まって、飲んだ感想としては、
「すっきりしすぎ」
これに尽きます。ちょっとスッキリしすぎて、米の旨味も薄いんですよね。
なので後で気づいたのは、冷で飲むより少しぬるい常温のほうが旨味を感じられるんです。
ちょいと自分には淡麗すぎかなぁ。
ちょうど割引チケットがあったので、まあまあお安く買えました。
この酒造は「沖正宗」ブランドを持っていますが、今回買ったお酒にはそういった名前はなく、ただ単に「大吟醸新酒」と。
このお酒、大吟醸ではあるものの、純米と書かれていない、つまり醸造アルコールが入ったお酒です。
醸造アルコール入りのお酒は久々に飲んだ気がしますが、醸造アルコール自体は、味を整える役割もあり、大吟醸と相まって、飲んだ感想としては、
「すっきりしすぎ」
これに尽きます。ちょっとスッキリしすぎて、米の旨味も薄いんですよね。
なので後で気づいたのは、冷で飲むより少しぬるい常温のほうが旨味を感じられるんです。
ちょいと自分には淡麗すぎかなぁ。
娘が3歳になりました ― 2016年07月24日 23時55分
酒蔵浜田「雪国米沢の涼にごり」 ― 2016年07月25日 23時56分
この手のにごり酒、よくスーパーで見かけるようなのは大抵おいしくないのがほとんどだったりしますが、これはなかなかよいバランス。
例によって醸造アルコールが入っているものの、元々米麹の粒子が残っているにごり酒は甘口で個性を主張するので、それを醸造アルコールで整えているわけですが、その醸造アルコールが不味い酒が多いのです。
この「雪国米沢の涼にごり」は、バランスが良く、甘口の酒にありがちな、ただ甘いだけでコメの味を殺しているのではないのが良いですね。
【福岡】蔦に覆われた廃マンション ― 2016年07月26日 23時25分
まだまだ引っ張る福岡ネタ。
山笠を見て、夕飯を食べて、疲れたので一度ホテルに戻ったものの、目が冴えて眠気もないので、夜の街へ繰り出します。
福岡は修羅の国…なんて言われたりもしますが、なるほど、1本通りを奥に行くと、キャバクラやらホストクラブのオンパレード、そして川沿いのベンチでは、ホームレスがまるで自分の家の中かのように荷物を並べてくるといでいたと思ったら、カップルまでもがベンチで寝転んでいる始末。
あーなんかヤバイところに来ちゃったなぁと思いつつ、現れたのがこの廃墟。
那珂川沿いで、隣に霧島の電光看板が目立つのなんの。写真撮るにも露出引っ張られて苦労。
蔦に覆われたビル、屋根の鉄骨は、かつて何かの広告看板があったのでしょう。
別アングルから見てみると(やっと霧島の看板の光が届かなくなる)、小さめの窓や、コンクリートの変色具合など、かなり古い建物であることがわかります。
ではグルっと回って正面へ。
左手前の建物は現役の飲食店です。
このアングルから見ると、確かにマンションだったのがわかります。1階部分はなにやらアルミパネルがついていて、店舗だったのでしょうか。
更に別アングルから。やはり蔦に覆われています。正面以外は蔦に覆われていますね。
再び正面へ。
建物横にあった三相電線は切られていて、すでに建物として機能していないことがわかります。
誰でも通れる場所にあるので、流石にDQNの餌食による落書きがひどいです。
アルミパネルに覆われた1階部分。こういう感じなので、1階部分はまあ普通の飲食店な訳はなさそうで、多分キャバクラでも入ってたんでしょう。
落書きがひどいですが、隣の現役店舗まで落書きのとばっちりを受けています。
2階部分は住居だったようで、壊れかけのひさしが見えます。
ユーコービルという名前だったようです。
右が店舗、左側がマンション住居部の入り口だったのでしょうか?
特に見るべきものもないので、川沿いを散歩。
夜の福岡は、日曜にもかかわらず結構賑やかで、人出も多めでした。
一方表はちゃんとした店に言えても、裏手では従業員がスパスパタバコを吹かしてたり、ああ何か文化が違うなぁと。
福岡での廃墟活動はこれにて終了。
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