旧日本加工製紙高萩工場2009年10月15日 23時42分

ちょうど仕事の谷間だったため、有休取りました。

で、今日はおとなしく家にいるつもりが、やっぱり天気のよさに釣られて撮影に行ってきました。
今回も廃な撮影。


茨城は旧日本加工製紙の高萩工場跡です。

旧日本加工製紙高萩工場1

かつては一部上場もしていたこの企業、コート紙などを製造していたようですが、2002年に倒産。
その後、インドネシアの華僑系財閥に買収され、機械類の大半は同社のインドネシアおよび中国工場に持ち出したようで、その際に建物の一部を解体したと思われます。
現在、中途半端に解体された建物が残っていますが、敷地内には買収した華僑系財閥の支所があり、車や人の出入りも確認しました。
したがって、外からのみの撮影となりますが、なかなかのものでした。
アクションものの撮影でも使用されたようですね。中には正式許可を取って内部散策した廃墟マニアの方もいらっしゃるようです。

旧日本加工製紙高萩工場2

このようにしっかり潜入を拒んでいて、柵も穴などは塞がれていました。

旧日本加工製紙高萩工場3

工場の象徴だった煙突。現在は夜に航空機の衝突防止灯が点くのみ。

旧日本加工製紙高萩工場4

柵越しに望遠レンズで撮影。構内で使われていた信号機。もちろん稼動していません。

旧日本加工製紙高萩工場5

中途半端に破壊されているため、さながら爆撃被害を受けたかのごとく。

旧日本加工製紙高萩工場6

こちらも中途半端に解体されて、トマソンと化した扉が物悲しい。

旧日本加工製紙高萩工場7



場所を移動。こちらは社宅の入り口だったようです。

旧日本加工製紙高萩工場8

横にある守衛所は扉が開きっぱなし。見回りに出かけてるっぽい。

旧日本加工製紙高萩工場9

本当に爆発でもあったのかといった感じ。
機材撤去のための破壊で、完全な解体までは考えていないようです。使えるものだけ持っていって、ここはこの後どうするんでしょう?
ちなみにここの撮影直後、チャリンコに乗った作業着の守衛さんが守衛所に戻り、そのまま柵を空けて外に出て行きました。
潜入はしてないけど、微妙に間一髪っぽい(汗



さらに移動して、国道側からJRの線路を挟んだ向こう側の様子。

旧日本加工製紙高萩工場10

旧日本加工製紙高萩工場11

旧日本加工製紙高萩工場12

廃墟の醍醐味、一寸先は別世界をご堪能いただけましたでしょうか?
ここは廃墟暦が短い割りに、堂々たる雰囲気を醸し出しています。
やはり工場系廃墟は見ごたえがありますね。

なお、最後の撮影した場所からも、構内をバイクで巡回する作業着の方がいましたので、巡回は頻繁に行われているようです。
くれぐれも潜入はお控えください。